吉田沙保里
吉田沙保里
吉田 沙保里(よしだ さおり、1982年10月5日 - )は、日本の女性アマチュアレスリング選手。三重県津市(旧一志郡一志町)に三人兄弟の末っ子として生まれる。父親は元レスリング全日本選手権優勝の吉田栄勝、母・幸代はテニスの元国体選手。三重県立久居高等学校、中京女子大学卒業。綜合警備保障所属。卒業後も中京女子大学を練習拠点としている。生まれは三重県だが、愛知県大府市に長く住み、プロ野球の中日ドラゴンズのファン。身長156cm、体重56kg。背筋力は200キロ超
父の指導で3歳でレスリングを始める。1998年、1999年の世界カデット選手権で優勝の後、2000年、2001年の世界ジュニア選手権を2連覇する。2002年のジャパンクイーンズカップでは前年の世界王者山本聖子を破り、アジア大会でも優勝。そのままの世界選手権、全日本選手権でも優勝し、「女王 吉田沙保里」を世界中に認識させた。2003年も世界選手権、ワールドカップと立て続けに優勝。
アテネオリンピックの代表選考試合となった全日本選手権と2004年のジャパンクイーンズカップではライバル山本に連勝し、女子レスリング55kg級の代表に選出される。2004年のアテネオリンピックで金メダルを獲得。その年の吉本興業のM-1グランプリの抽選会ゲストに招かれた。2006年9月、国際試合100連勝を達成。
2007年5月、アジア選手権で優勝。9月の世界選手権でも優勝し、女子として史上初の5連覇を達成する。同年12月5日、「テレビ朝日ビッグスポーツ賞」受賞。12月18日、JOCシンボルアスリートに選出(2008年1月1日〜2008年12月31日)、12月20日、第57回「日本スポーツ賞」(読売新聞社制定)のグランプリ受賞。12月22日、北京五輪のレスリング女子55キロ級の日本代表に正式決定した。
2008年8月16日、北京五輪の55キロ級に出場。予選・準決勝と危なげなく勝ち上がり、決勝戦では許莉(中国)を試合開始から全く寄せ付けずに終始圧倒、そして第2ピリオドでフォール勝ちし、二大会連続でオリンピックの金メダリストとなった。
表彰式後のテレビインタビューで吉田は「4年後のロンドンも勝ちたい」と、早くも五輪三連覇を目指すことを明らかにした。
戦績
全日本女子選手権51kg級 準優勝(1998年) 3位(1997年)
全日本女子選手権56kg級 3位(2000年、2001年)
全日本選手権55kg級 優勝(2002年、2003年、2004年、2005年、2007年)
世界ジュニア選手権58kg級 優勝(2000年、2001年)
世界学生選手権59kg級 優勝(2002年)
ジャパンクイーンズカップ55kg級 優勝(2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年)
ワールドカップ55kg級 優勝(2003年、2004年、2005年、2006年)
世界女子選手権55kg級 優勝(2002年、2003年、2005年、2006年、2007年)
アテネ五輪女子レスリング55kg級 優勝(2004年)
ユニバーシアード55kg級 優勝(2005年)
北京五輪女子レスリング55kg級 優勝(2008年)
ウィキペディア
吉田 沙保里(よしだ さおり、1982年10月5日 - )は、日本の女性アマチュアレスリング選手。三重県津市(旧一志郡一志町)に三人兄弟の末っ子として生まれる。父親は元レスリング全日本選手権優勝の吉田栄勝、母・幸代はテニスの元国体選手。三重県立久居高等学校、中京女子大学卒業。綜合警備保障所属。卒業後も中京女子大学を練習拠点としている。生まれは三重県だが、愛知県大府市に長く住み、プロ野球の中日ドラゴンズのファン。身長156cm、体重56kg。背筋力は200キロ超
父の指導で3歳でレスリングを始める。1998年、1999年の世界カデット選手権で優勝の後、2000年、2001年の世界ジュニア選手権を2連覇する。2002年のジャパンクイーンズカップでは前年の世界王者山本聖子を破り、アジア大会でも優勝。そのままの世界選手権、全日本選手権でも優勝し、「女王 吉田沙保里」を世界中に認識させた。2003年も世界選手権、ワールドカップと立て続けに優勝。
アテネオリンピックの代表選考試合となった全日本選手権と2004年のジャパンクイーンズカップではライバル山本に連勝し、女子レスリング55kg級の代表に選出される。2004年のアテネオリンピックで金メダルを獲得。その年の吉本興業のM-1グランプリの抽選会ゲストに招かれた。2006年9月、国際試合100連勝を達成。
2007年5月、アジア選手権で優勝。9月の世界選手権でも優勝し、女子として史上初の5連覇を達成する。同年12月5日、「テレビ朝日ビッグスポーツ賞」受賞。12月18日、JOCシンボルアスリートに選出(2008年1月1日〜2008年12月31日)、12月20日、第57回「日本スポーツ賞」(読売新聞社制定)のグランプリ受賞。12月22日、北京五輪のレスリング女子55キロ級の日本代表に正式決定した。
2008年8月16日、北京五輪の55キロ級に出場。予選・準決勝と危なげなく勝ち上がり、決勝戦では許莉(中国)を試合開始から全く寄せ付けずに終始圧倒、そして第2ピリオドでフォール勝ちし、二大会連続でオリンピックの金メダリストとなった。
表彰式後のテレビインタビューで吉田は「4年後のロンドンも勝ちたい」と、早くも五輪三連覇を目指すことを明らかにした。
戦績
全日本女子選手権51kg級 準優勝(1998年) 3位(1997年)
全日本女子選手権56kg級 3位(2000年、2001年)
全日本選手権55kg級 優勝(2002年、2003年、2004年、2005年、2007年)
世界ジュニア選手権58kg級 優勝(2000年、2001年)
世界学生選手権59kg級 優勝(2002年)
ジャパンクイーンズカップ55kg級 優勝(2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年)
ワールドカップ55kg級 優勝(2003年、2004年、2005年、2006年)
世界女子選手権55kg級 優勝(2002年、2003年、2005年、2006年、2007年)
アテネ五輪女子レスリング55kg級 優勝(2004年)
ユニバーシアード55kg級 優勝(2005年)
北京五輪女子レスリング55kg級 優勝(2008年)
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